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小倉簡易裁判所 昭和30年(ハ)538号 判決

原告 吉田義一

被告 国

訴訟代理人 川本権祐 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し金弐万八千円及びこれに対する昭和二十五年八月四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、原告は昭和二十四年四月十日頃訴外大良文雄より小倉市大正町金海楼倉庫にありし自動車タイヤ、同ホイル及び同チユーヴ各一個を代金弐万八千円で買受け、二、三日後原告取引先たる四国の自動車会社に送付すべく運搬中、右物件は盗難品であるとの理由をもつて警察官により押収せられ原告は贓物故買、前記訴外大良文雄及びその前者訴外郭大船(大良に右物件を金弐万五千円で売渡した者)は贓物牙保の容疑をもつて逮捕せられ、いずれも右物件と共にその頃福岡地方検察庁小倉支部に送致せられた。而して原告等三名は同支部において厳重なる取調を受けたが即日不起訴処分を受け釈放せられたのであつて、押収にかかる右物件は本犯たる窃盗容疑者が検挙に至らざるため盗品であるかどうか明確でなく、仮に盗品であるとするも原告及び大良はそれぞれ前者より善意で買受けたのであるから原告の所有に属すること明らかであり、したがつて当然所有者たる原告に還付せられるべきものであるに拘らず、同支部の検察官は如何なる錯誤に基いてか昭和二十五年八月三日これを提出人たる原告に還付せずして盗難事件の被害者と称する訴外九州配電株式会社に還付した。よつて原告は右会社の権利義務を承継した訴外九州電力株式会社に対し所有権に基き右物件の引渡を求めたところ、同訴外会社はこれに応じないので、同訴外会社を相手方として右物件返還請求の訴訟を提起し、更に第二審たる福岡地方裁判所に係属中であるが、結局原告は福岡地方検察庁小倉支部検察官の前記押収物還付処分により右物件の価格に相当する金弐万八千円の損害を蒙つたので国家賠償法第一条に基き国に対し右金額及びこれに対する還付処分の日の翌日たる昭和二十五年八月四日以降完済に至るまで年五分の金員の賠償を求める。なお右賠償を得たる場合には訴外九州電力株式会社に対する訴訟はこれを取下るものである、と述べた。

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告の主張するところによれば、原告はその主張の自動車タイヤ、同チユーブ及び同ホイル各一個の所有者であるところ、訴外九州電力株式会社がこれを占有しているので同会社を相手方として右物件の返還請求訴訟を提起し現に第二審に係属中であるというにあるが、右物件は同訴外会社が占有中であり原告はこれに対する所有権を喪失していない旨の主張をなしつつ他方国に対し右物件の価格に相当する金員の賠償を請求することは論理の矛盾であり、主張自体について理由がない、と述べた。

理由

原告が原告主張の物件を訴外大良文雄より買受けることによりその所有権を取得した事実が存するか否か明らかでないが、仮に右事実が存するとしても、原告の本訴請求は国に対し国家賠償法第一条に基き右物件の価格に相当する損害の賠償即ち填補賠償を求めるものであるところ、右物件は訴外九州電力株式会社において占有中にかかり、原告はこれに対する所有権を依然享有していることは原告の自認するところであるから(検察官の押収物還付処分は利害関係人の民事上の権利関係に何等の影響も及ぼさない)原告は右物件の価格に相当する損害は未だ蒙つておらず従つて何人に対しても右物件の填補賠償を請求することはできないものという外はない。なお原告は右物件に対する所有権を任意に放棄する自由はあるが、右放棄により所有物自体の返還請求に代えてその填補賠償を選択する権利を有するものではない。よつて原告の本訴請求は主張自体において理由なきこと明らかであるから、爾余の点につき判断を加えるまでもなく失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 川添万夫)

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